2023/12/19 前例 多くの人の人生にはありえない事が日常的に起きていると考える私は、その人ごとにありえない事への対応力が異なるのを知っている。病気や事故の後遺症に悩まされてもそれらと闘う人と、それを悲劇のトラウマとして絶望する人との人生は全く異なるのだ。そういう意味においては、全ての人の人生には前例がない。一人一人の尺度が違う事、同じ人生はない事を知ってはいても、それを容認する事や、それぞれの人生に敬意を払う事は難しい。比較する事が出来ない筈の物事に前例がないと言って難色を示すのは、言い訳に過ぎないのだろうが、その言い訳が魅力的な事もまた、残念ながら私自身も良く知ってはいるのだが。
2023/12/08 12月8日 1980年12月8日、ジョン・レノンは凶弾に倒れた。過去にコピーライターをしていた求人誌の編集後記には「ラブ&ピースをテーマに活動を続けた彼の魂に思いを馳せ、平和の価値が何なのかを問う祈りの日でもある」と書いている。「キリストは偉大だったが弟子がバカだったから教会は滅びる」との発言でバチカンと揉め、ベトナム反戦運動の頃にはFBIの監視対象となるなど、カウンターカルチャーやニューエイジの人々にとっては象徴的な存在だったが、私の中での彼の功績は、まだ自閉症への理解が乏しかった1972年に精神発達遅滞児童を援助する慈善コンサート「ワン・トゥ・ワン」を開催している事だ。意味は1対1。最近はそのテーマの如く、一人一人が異なる事を認め合う意味、そして多様性の価値が何なのかを問う、新たな祈りの日ともなっている。(2021/12/08のブログ記事を再掲)
2023/12/04 自分を探さない旅 人は、目に見えない力を使って起きている問題を解いている事がある。別の誰かが行使しているような感覚に陥るが、それを認識しようとしないだけでその力は人の深遠な領域に存在する。見えないから無いのではなく、見えないからこそ存在し続けられるものだ。見てしまったら、苦悩、恐怖、逃避によりそれは排除されていく。時にその自分の内にあるものを知ろうと旅を始める人々。だが探さずとも、見えなくとも、知らなくても、それは自分を守り、背を押し、戒め、引き止めるものだ。正体を知らなくても問題のないものこそ、自分を超えたところにある自分自身なのだから。

2023/11/18 虚実 IQ(能力)、遺伝、環境、運、私の知る限り精神世界はそのどれもに左右される事はない。形にならない曖昧な姿、特定できない不明瞭な意味、言葉にするのが難解な感覚、それらが唯一の答えを導くものだ。だが、理解と容認と信頼はどこからも得られない。そして迫害を受ける。唯一無二であるものは、人の認知許容量を超えたところにあるのだから当然の結果だ。その理解を得られる瞬間は偶発的であり、奇跡と呼ばれるものに過ぎない。

2023/11/06 不明瞭な事情 日々思う事だが、外から見ても分からないものは中に入っても分からない。仲の悪い親子と仲の良い親子はいるが問題を抱えていない親子はどこにもいない。目に見えるもの、耳に聞こえるもの、肌で感じるものが全てではない。目に見えないもの、耳に聞こえないもの、肌で感じられないものも全てではない。何となく、曖昧で、漂っているものが全てである。そしてそれらは明確ではない啓示と疑心暗鬼に囚われるようなサインを発信する、面倒を絵に描いたような難物だ。

2023/10/22 後方待機 時事的な物事にはあまり考察をしない主義だが、今起きている事の多くは気に入らない。人々は判断力と洞察力を搾取され、メディアは、マスでもコアでも正気を失いつつある。そして全てが紛れもない狂気の連鎖となっている事を憂いている。だが同時に歓迎もしている。息を吹き返したものは明るく輝く過剰な正義だけではないのだ。漆黒の闇に紛れた正義ではないが不実ではないものの姿もまたそこに見える。私自身は、後者の検出器であり理解者である立場に立たされているようだ。

2023/10/07 混沌 私自身はエネルギーの存在を謳われる場所にはあまり行かない。そこは涸れた井戸だから。パワー神話に引き寄せられて混んでいる何もない場所。神話の一部は事実だが、その力を信じるに値する根拠は不明。安全ではなく、不可視だが水の湧く、人と人でないものの気配が少ない場所なら幾つか知っている。今はそこで、彼岸と此岸の混沌さを知ろうとしている。

2023/09/23 祈願 とある神社の七夕祭で、短冊に書かせて頂いた私の願い事のテーマは神に負担をかけない事。大願成就というほどの厚かましさはないので軽願成就。病気をゼロにして欲しいというのは無謀なので未病息災。多忙にて体を壊してはいけないので商売適度。軽いお願いなら問題なく聞き届けて頂ける、発病は困るが未病なら許容範囲、仕事に骨身を削りたくない…。これなら確実に叶えて頂ける筈で、なかなか良い取引だと思うのだが、神主には「相変わらず妙な智慧だけは回る」と呆れられ、同行の友人には「何か企んでいると思った」と苦笑されつつ、喜ばれたのは言うまでもない。

2023/09/07 シャーマニズム シャーマニズムはデジタル空間にも存在する。支配し、呪い、癒し、世界のあちこちを行き来している。現実に見える現実世界と創作された仮想世界の拡散は超高速だ。ドーキンスの語るミームの如く、現実と仮想の境目は曖昧さを極め、人々の意識を変性させ、量子物理学的な現象をも生み出すトランス状態。力を持つミームの群れは常に歪んだ秩序を保持するものだ。サイバー空間のあちこちを行き来しながら、痕跡を残さずに境界線を作成し、少なくとも良識のある人々や場所を護る為に、シャーマンの一片として尽力してはいるのだが。

2023/08/23 ガラス細工 Human Beautoboxの世界大会であるGBB2021の映像を何度も見て楽しんでいるが、日本人参加者のSARUKANIとRofuには圧倒的なアウェー感があった。開催地が西欧圏である事も一因なのだろうが、表彰式で歓喜の抱擁をしているのは6人だけという、隔絶感と孤立感に溢れるシーンでは不覚にも泣いた。そして彼らがその地で戦って残したものの価値を知った。バトル自体は平和的であってもナショナリズムや民族性による感情で構築されたガラス細工が、シューケースの如くステージ上に並んでいる。目には見えないそれらを壊すためには何かが必要なのだろう。その何かは残された価値の中に既に存在するが、何度見ても感動して、何度見ても落ち着かない浮遊感に苛まれる私だ。

2023/08/13 死生観 ロビー・ローバトソン死去の記事を目にした私は、The Band のThe Weightを聴いていた。その歌詞には「重荷を下ろして自由になれよ、それは俺が運んでやるから」とある。映画「The Last Waltz」の中の名曲で、その頃は意味が分からない程若かったが、今は死生観であるとの自己解釈が出来る程には年を取った。だがその若かった自分にもう用はない。蘇らなくても良い記憶には、善も悪も幸せも不幸もないのだ。感情を持って行きようのない理不尽さに翻弄されるだけなのだから。

2023/08/09 神託 あるアスリートが人生で一番長い3セットマッチを戦っている日、友人はCOVIDー19に感染し、私は業務連絡が滞り、上司は法的な問題に悩まされていた。それらは「何もしないでおく」というある種の神託だと解釈して、食べて寝る事以外は何もしなかった。とにかく間が悪いとはこういう時を指すのだろう。何もせずにいる事の難しさを知るのは、そんな間の悪い時なのだが。